「いい子」から「タフグロ」へ

ぼくが子どものころ、具体的には戦後の復興期から高度成長期にかけて、日本の教育現場には三つのキーワードがありました。

「ちゃんとしなさい」
「早くしなさい」
「いい子にしなさい」

・・・それが時代の要請だったから。つまり、当時の産業界が「ちゃんと」「早く」「いい子に」している人材を求めていたし、日本という国全体がそんな人材を必要としていたから。・・・

1 ちゃんと・・・正しく
2 早く・・・スピーディーに
3 いい子に・・・従順に

つまり、当時理想とされていたのは、正しく(ちゃんと)、スピーディーに(早く)、なおかつ従順に(いい子に)動く子どもだったわけ。・・・まるでロボットみたいな、・・・

当時の日本は、一人前の工業国になろうと、国じゅうが一丸となって突き進んでいた時代。国の経済がグングン伸びて、去年よりも今年が豊かになって、今年よりも来年が豊かになる、絵に描いたような「成長社会」だったんだ。・・・

企業に求められたのは「もっとたくさん」「もっと安く」「もっと均質に」の3点だけ。これさえやっておけば、放っておいてもモノが売れ、会社も大きくなり、みんなの暮らしがよくなっていったんだよね。・・・「読み書きソロバン」の基礎がしっかりできて、真面目に働いてくれる人。正解ありきの「勉強」がもてはやされたのには、こんな時代背景があったんだ。・・・

※なぜ大人は「勉強」を押し付ける?【たった一度の人生を変える勉強をしよう】、大学受験を応援する無料コンテンツ満載【受験サプリ】、藤原和博氏、2015年05月18日、引用

ちゃんと・早く・いい子に

私も1964年生まれなので、高度成長期を知っています。それで突然、小学3年生で「石油ショック」(オイルショック)を浴びた(?)世代ですね。上記「受験サプリ」の記事は、杉並区立和田中学校・元校長の藤原和博先生のコラムですが、ドンピシャに腹に落ちてくる感じです。みなさん、どうですか?

<受験サプリ>カリスマ講師の授業動画数が1000以上!今なら1カ月無料

肌感覚ですが、昨今の子どもたちや若い人たちのほうが、よりこの傾向(ちゃんと・早く・いい子に)が見受けられる気がします。個人個人の教育やしつけ部分は若干甘くなってきていると思いますが、社会全体の雰囲気は一層「ちゃんと・早く・いい子に」を強いる感じです。これも、ある種の閉塞感かもしれません。

少子高齢化で、少ない子供に多くの大人(とくに保守的な高齢者)が生活するニッポン社会です。子どもは大変です。数多くの大人の管理下に自然とさらされるわけで、一定の自由はあるものの、なんとなく息の抜けない環境でしょう。

グローバル化は進む

しかし、これからはグローバル化は進みます。今でも京都や東京など主要都市には外国人があふれ、浅草・仲見世通りのおいちゃん・おばちゃんなんかはけっこう英語ペラペラだったりします。ブロークンながら、毎日仕事で使ってりゃあ、語学なんて朝飯前よ!ってなもんです。

SpeakingとWritingが両方できる唯一のオンライン英会話スクール
「ベストティーチャー(Best Teacher)」


今後はTPP(環太平洋経済連携協定)が結ばれ、オセアニア地域やアメリカ大陸からの外国人がドッと増えてくるでしょう。ペルーやメキシコあたりの人々は、どちらかというと今までそれほど日本に馴染みがなかったが、これからはそうでもなくなるでしょう。ネットもあり、ヒト・モノ・カネの流通は増大するでしょう。

そんな生まれも育ちも全く異なる外国人がわんさか日本列島に押し寄せ、外資系企業の誘致も盛んになるでしょうし、もちろん今までにないトラブルも頻発するでしょう。そんな世の中で、「ちゃんと・早く・いい子に」していれば安泰か、というとそんなわけがありません。

ちゃんと・早く・タフグロに

濱田純一・東京大学前総長よろしく、日本人は「タフグロ」(タフでグローバル)を旨として生きていかねばならない。「ちゃんと・早く・いい子に」ではなく、「ちゃんと・早く・タフグロに」でしょ。押しの強い中華系にも負けず、大陸的な豪州や米州の連中(?)とも仲良くやっていく。

これは結構大変なことで、従来の日本人気質だけでは対応しきれません。ある種の現実主義というかドライな感覚や理論的なコミュニケーション・スキルを磨く必要がありますし、同時に、今まで以上の「誠実さ」もいるでしょう。

当然、公共教育における教育課程でも重点項目も変わってくる。“多民族” とどう折り合っていくか、という難題に、日本の教育界は直面しつつあるわけです。そこで「ちゃんと・早く・タフグロに」へ公共教育の哲学(合言葉?)を変更するべきです。とくに「タフグロに」が重要です。

これからは日本社会でも何が起きるかわからないわけで、何が起きても、慌てず騒がず迅速にタフに対応するしかない。地球規模に発想して解決を図る場面も増えるでしょう。前例がない中で様々なチャレンジを強いられるわけで、失敗・挫折も多いでしょう。したがって「挫折」を屁とも思わないメンタリティーも必須です。

教育も「タフグロ」を意識していかざるを得ない時代であり、教育の使命は子どもたちの総合的な「人間力」をパワーアップさせることだと思います。“温室育ち” より “雑草パワー” が大切だと意識されるかもしれません。



※参考資料: 東京大学総長 濱田純一先生「東大生よ、タフであれ」、大学ジャーナル2011年1月号(Vol.91)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください