記憶偏重型教育はeラーニングに取って代わられる!?先生の役割はこれからどう変わるべきか
・・・学校の先生はいらないかというと、そんなことはありません。チームワークやコミュニケーション、思考力など、eラーニングで学べないことを教え、子どもたちの可能性を引き出すべきです。
eラーニングで教えられる知的能力が高い子もいれば苦手な子もいます。でも苦手な子は、手先が器用だったり、芸術的な才能があったり、1人1人がその子らしくヒーローになる可能性がある。・・・学校で測定できる能力の領域は人間の能力のうちごくわずかに過ぎません。それ以外にも持ち味があることを教えていくべきです。・・・
※石黒不二代の勝手に改革提言!ニッポンの新しい教育、ダイヤモンド・オンライン、2012年05月30日、引用
この記事で、NPO学習学協会代表理事の本間正人先生は「チームワークやコミュニケーション、思考力など、eラーニングで学べないことを教え、子どもたちの可能性を引き出すべき」と簡単におっしゃいます。しかし、これは大変です。そもそも従来の考え方では、コミュニケーションや思考力はその子どもが生まれ持ったもので、あるいは、家庭で育むもので、学校で先生が体系的に教えるものではない、とされています。
仮に先生が生徒にコミュニケーション能力を教えるとなると、これは会社が社員に営業スキルを教え込むようなもので、かなり専門的なトレーニングスキルは必要です。今の学校の先生に、こういった人間性マネージメント能力を生徒に教えるように “仕向ける” のは、ちょっと酷な気がする。
アクティブラーニング的アプローチ
しかし、これからはサイバー化が進むグローバル経済社会になるわけです。完璧は望みません。望みませんが、従来よりは少しでもこういった人間性を高めるチカラをつける教育プログラムに切り替わっていくべきでしょう。そのために、従来の「数学」や「英語」などの学習カリキュラムは、eラーニングに置き換わる。学校の先生は生徒たちに、変化の激しい未来を切り開く能力をつけさせるべきなんですよね。
つまりこれからの教師には、異文化コミュニケーションとは何か、創造性とは何か、問題解決力とは何か、などということに取り組まなければならない。いわゆるアクティブラーニング的アプローチが主流になるのでしょう。やりがいがあるとともに、これは大変ですね。
※参考資料: アクティブ・ラーニングとはなにか、大学教育と情報 [2014年度 No.1]