学びの年
作詞家 阿木耀子
・・・知識や理性を失った後も、人には学びの欲求があり、それは意識レベルよりのもっと深く、魂の根源から来る強い衝動だということを思い知らされた。・・・
※日本経済新聞、2014年01月04日、夕刊、引用
この引用文は、1月から日経新聞で毎週土曜日に阿木耀子さんが執筆するコラムからのものです。内容はご自身とお舅さんが英語・英会話に取り組んできた話です。阿木さん自身は「もう一度英会話を。長年のテーマだ。」、と今年にかける意気込みを述べ、彼女のお舅さんは80歳代に認知症になりつつも「ワシ、英語をもっと勉強したいんや、今時は英語くらい喋れんとな」、と話していたエピソードを紹介。
お舅さんは認知症で支離滅裂になりながらも、学ぶ意欲だけはしぶとく(失敬!)残されていたそうです。まさに「学び」の奥深さを思い知りました。おそらく大脳が発達した人類にとって、「学び」という行為は大脳が最も欲する根源欲の一つなのかもしれません。
※図:大脳皮質、Wikipedia、最終更新2013年03月11日
「生涯一学生」などと自称する人もいますが、本当に人間は一生学び続ける存在なのかもしれません。特に変化の激しい昨今では、「“学び”は学生の特権である」などと言おうものなら、周囲からバカにされるのがオチです。グローバル化が進む世の中では、当面は“常在学習”にならざるを得ない。“ネット塾”にも大きな需要があるわけです。